スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

不動産は政治に左右される

不動産投資、特に海外不動産投資について書こうと思っていますが、マーケット動向に左右されるレポートなどを見ても右往左往するだけだと思うので、原理原則を考えてみたいと思います。

そこで参考にするのが、やはり邱永漢先生。やはり世界中の資産家をみても不動産で財を成している人はかなり多いことから、投資対象としてはどうしても離せないです。

不動産に関する邱永漢先生の名著と言えば「不動産が一番」日本のバブル経済期の絶頂期である昭和62年(1987年)に書かれた本ですが、今読んでも中々参考になる、真理をついた本です。少しずつ解説、現在の状況と比較してみたいと思います。

第一章 坪当たり一億円は日本経済の実力の象徴

■ 居住性と投資価値の差

出版された当時昭和62年(1987年)日本一価格が高い土地が1坪1億円、1㎡に換算すると3,000万円、1sqf2換算でHKD15,000(当時のレートHKD1=185円)で世界一でした。
(但し、開発のための角地など地上げ対象になった小さな土地部分のみだと記述されている。)

581px-EconomistHomePrices20050615.jpg

本の中ではそれより7、8年前1980年代初頭に世界一土地が高かったのは香港だと書いてあります。
1980年代に香港で地価が一番高かったといわれる中環や尖東が1坪当たり6,000万円相当であったらしい。

邱永漢先生の失敗談として、1980年代初頭に値上がり前に50坪をHKD800,000(売却時約4,000万円)で売却してしまったと書いてある。値上がり時に売却していれば1坪当たり6,000万円相当で50坪だから3億円の可能性があったと。
この時点ではすでに利益があがったので、ご本人は失敗といっているが大きな失敗ではない。

その時代に英国は中国との香港返還交渉の真っ最中で、1982年には当時の英国サッチャー首相が訪中し、小平との交渉がはじまりった。その際サッチャー首相が会談で躓いて転ぶ場面をみて、香港のマスコミが大々的に報道し香港の土地は三分の一まで下落し、以前の不動産高騰を期待して投資家達の資産がふっとぶということが起こった。当時の投資家達は3,000億円の時価不動産を所有しながら、1,500億円の借金を抱えるというようなやり方であったらしい。

Margaret Sucher

また、この当時フィリピンのマニラではマルコス王朝の政権末期で不動産や資産のたたき売りがあったらしい。隣国の台湾も当時はまだ政治的には不安定であった。韓国はソウルオリンピック景気にかろうじて地価下落がなかったものの、アジア全体は非常に不安定であったことが書かれている。

そんな中日本だけが世界一の地価をたたきだすほど経済を謳歌していた。今からでは想像だにできない。
当時の邱永漢先生の結論では日本経済の実力が世界一になったことが関係していると言っている。
理由は日本の土地を外国人がほとんど買わないこと。日本の登記制度では非居住者が日本の土地を買えないようになっているので、日本人により値段があがっているという結論。

(現在は非居住者が公的機関が証明した購入者の居住地が記載されている書類があれば、登記可能。公証人役場で宣誓供述書という形で書類を作成し、この書類を登記する際、翻訳し法務局に添付すると登記受理可能、法人名義も可能であるし、非居住者の日本国内口座も国際的な銀行で解決できる)

1980年代、世界一の経済力とお金が集まる中心にいた日本。廻りのアジア諸国は政治的に不安定でそのような状況にはなかったですが、今はほとんど反対の状況。

2010年代は世界二位となった中国を中心としたアジアにお金が集まり、日本は政治的な不安な状況。
何とも皮肉なものです。不動産、地価は政治的な要因で大きく動きます。
日本の不動産、資産はどうなっていくんだろうか。。。

テーマ : 海外投資
ジャンル : 株式・投資・マネー

プロフィール

hkg

Author:hkg

最新記事
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。